暫しの間、台湾へ一人旅に出ていました~ハイライト まずは「台中、彰化、嘉義」へ

 

暫くの間ブログをお休みしていましたが。。。

 

この間5/13(土)~5/21(日)まで台湾へ一人旅してきました。

 

普通旅に出ればその場でリアルタイムでアップロードするのが、皆さん普通なのでしょうがどうしてもそれが出来ない。

 

今回の旅行にも「グローバルWIFI」をレンタルして、ミニタブレッド、勿論iphoneも持って行きましたので現地からの発信は出来る環境にあったが、FBにはiphoneからの画像をそのまま縮小せずにアップ出来るので、何回か画像とコメントを掲載して発信させて頂きました。

 

写真を撮る時は一番大きなフルサイズという拘りもありますので・・・。

 

ブログはその月の画像掲載がある程度の量を越えなければ、そのままのサイズで掲載出来ますが自分の場合はあくまでも画像の数が勝負で、画像をいちいち縮小しなくてはならない。

 

でも一番の要因は旅に出たら、そんな余裕はないというのが正直な処です。

 

なので自分の場合は、帰国後のダラダラ掲載になってしまいますが懲りずにお付きあいください。

 

 

 

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近況報告でもお伝えしましたように、GWはほぼ仕事に明け暮れていましたので。

 

今後は世間一般の人が休みの時に仕事をして、その合間を利用して旅に出るというパターンにしたいと思いますが、それには我家のお母さんの許しがないと何とも。。。

 

今回の目的の一つとして、昨年末に亡くなった母親の生まれた場所、(台湾 彰化市)を訪問するのが目的だったので、すんなりと送り出してくれました。

 

生きている間に連れて行ってあげたかったのですが、それが叶う事が出来なかったので。

 

よくその話をするとお母さんは台湾の方で、ハーフなのと言われたりするのですが全くそれはないです。

 

お爺さんが戦前、昭和の初めに「国民学校』の校長として、赴任しておりその時にお婆さんも一緒に行っていたので丁度その時に母親が生まれたという経緯です。

 

その後は先にお婆さんと母親が先に日本へ帰ってきたので、母親は全く記憶にないようです。

 

お爺さんはそのまま戦争前まで滞在していたとの事です。

 

勿論、生まれた家も その学校も分らず(当時は相当裕福だった様で、何人もお手伝いさんがいたようです)ですが、母親が生まれた街というのは一体どうゆう処かの確認もありました。

 

格安航空券LCCのチケットも往復で一万五千円で手に入りましたので、まずは桃園国際空港から一旦台北駅に出て、さらに台鉄に乗って台中に一泊。

 

その後に今回の第一の目的でもある彰化(ジャンホア)市へ。

 

彰化は台湾では有名な山線、海線の基点となっている鉄道の街。

 

駅の近くには「扇形車庫』という機関区もあり、どことなく今住んでいるさいたま市の大宮に似ている街だったのです。

 

なので大宮に移り住んだのかが分かった様な気がします。

 

ちなみに母親の兄、叔父は元国鉄職員でした。

 

やはり自分にも鉄の血が流れているのですかね~、でもあくまでも旅の移動手段で利用するという乗り鉄だけですが。。。

 

 

 

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その後は、さらに南下して映画「KANO」の舞台になった嘉義(チャーイー)市へ。

 

 

 

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*まだまだニュージーランドの記事の途中なのですが、一旦台湾のダイジェストに移して又ニュージーランド編を再開した後に更にしつこく詳しく台湾編を持っていきたいと思っています。

 

でも又そのうち次の旅が始まりそうですが。。。。。。

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